CMで描かれた世界と、リアルな生活感とのギャップ。感じたことってありますよね?
「♪あら、こんなところに牛肉が~」
マスター(以下■)いらっしゃい。
わたし(以下■)紅茶ください。ヌワラエリアで。
■『炎上CMでよみとくジェンダー論』という本を読んだんだけど、「なるほど、そうなんだ!」という内容だったね。あなたも読んだ方がいいよ。
■とっくに読みましたよ。
■ところで、あなたの仕事では、炎上したことってある?
■幸いにも無いですけど。
■炎上しようにも、話題作なんか作ってないもんね。
■先輩のクリエイティブディレクターの作品で、炎上こそしていませんが、全国紙で批評されたものはそばで見ています。かなり過去の話になりますが、ある食品メーカーの牛肉を使うインスタント食品のCMで、主婦役の女性タレントが冷蔵庫を覗いて「♪あらこんなところに牛肉が~」と歌い出すというストーリーです。
そのCMに反応したのが、高名な広告評論家でした。「冷蔵庫の中に買い置いた牛肉を、主婦が忘れるはずがない」「庶民の生活感覚とズレた表現だ」と、全国紙の人気コラムで酷評されたんですね。
■なるほど。そう言われれば、そうかもね。
■でも、メロディーに乗せて歌っているという時点で、「これはCMとして作ったお話ですよ」というストーリーにしてあるんですけれどね。
もし仮にこの「あら、こんなところに牛肉が・・・」というのが、主婦のリアルなつぶやきとして描かれていたのなら、そう言われても、まあしょうがないかなとは思いますが。そういうリアリティを排除するために、あえて歌にして虚構にしているわけで。
■お茶の間では、そこまで考えて見てはいないでしょ。そのCMはよく見た記憶があるけど。たしかスーパーの肉売り場で「あらこんなところに」と歌うパターンもあったような。
■「これなら問題あるか」ということですね。2作目をあらかじめ用意していたのかどうかは忘れましたけれど。
その先輩CDは、この新聞コラムにいたく反応して、帰宅したら、なぜか玄関に牛肉が置いてあるので「♪あら、こんなところに牛肉が~」と歌うバージョンや、牧場にいる牛を見て「♪あら、こんなところに牛肉が~」と歌いだすバージョンのコンテも作っていましたね。
■くやしい気持ちは分かるけど、それは作らなかったんでしょ?
■と思いますけどね。まあ、批評は批評であって、喧嘩を売られたわけではないのですが、さすがにいきなり全国紙のコラムで全否定されるとね。気分が収まらなかったんでしょう。
例えば、もっと若者向けの商品だったら、あえて喧嘩を買って話題化というか炎上させる戦法もあるでしょうけどね。この場合はそれをやっても、家庭用食品ですので消費者の共感は得られないと思います。
■どんな商品でも、相手が全国紙にコラムを持っている有名評論家では、分が悪いような気がするね。
■広告は商品やサービスを買ってもらうことは大事な目的ですが、企業やブランドとして消費者を味方につけることが大事な役目なので、喧嘩してもメリットはないですからね。
■喧嘩しないまでも、何か対応はしなかったの?
■どうなんでしょう。その後もそのままオンエアされていたと思います。ただし、消費者から直接クレームが寄せられたとか、大々的にメディアで問題になってしまったとか、JAROに提訴されたというのであれば、その場合は誠実に対応しないといけません。
■そういう経験はあるの?
■僕が関わったものでは、これもだいぶ昔の話ですが、エアコンのCMで、志村けんさんがCGの赤ちゃんといっしょに踊るというものがありました。それを見た方から「赤ちゃんを無理やり躍らせるとは幼児虐待ではないか」という指摘がいくつか来ました。CGの赤ちゃんなんですけど、リアルな感じだったからなんでしょう。
■ああ、そのCMは覚えてるよ。「♪ツインツイン~」っていうやつだろ。
■広告は売ることが目的ですが、それは、企業やブランドの価値観というか人格も込みで買ってもらう、評価してもらうということでもあると思いますので、そういう意味で誠実な対応が大事です。それは、客さまは神様ですということとは違いますが。
■でも、犯罪を起こして被害者を出したような企業のホームページが、すごく誠実な感じに作られていたりして、企業が発信したコミュニケーションの表面からは、本質が見抜けないこともあるよね。愛想がいいけど、裏の顔は悪人という。逆に悪代官ヅラして実はいい人もいるしね。
■「見た目悪役、実はいい人」というギャップをわざと演出して、戦略的にブランディングしている場合もありますよ。とっつきにくいけど、付き合えば付き合うほど味わい深くなるような。マスターは、悪役に見えて実は優しいけれど、それは演出ですか、自然体ですか?
■自然体に決まっているでしょう。この店のことも「最初は恐い感じのマスターでしたが、優しい笑顔にほっこりしました」といった投稿がたまにあるしね。よし、当分この路線で行こう。
■やっぱり演出なんじゃないですか。