炎上した報ステCMを検証
「きっと企画書上は成立していたはず」
いったい何が言いたかったのか?
そろそろほとぼりが冷めたと思うので、最近炎上し中止になった「報道ステーションのCM」について語っていきましょう。公式からは削除されていますので、ご覧にならなかった方のために、流れを紹介していきます。
シチュエーションは、カメラ目線で一方的にしゃべる若い女性で、カメラは固定です。おそらくオンラインチャット中のPCに向かって友だちとおしゃべりしているのでしょう。内容は次のようなものです。メッセージを浮き上がらせるために、語り口のトーンを省いてエッセンスだけを抽出してみましょう。
①リモートワークに慣れたので、ひさびさに会社に行ったら変な感じだった
②先輩が産休明けに会社に赤ちゃんを連れてきたが可愛かった
③政治家が「ジェンダー平等」をスローガンに掲げている時点で時代遅れ
④すごくいい化粧品を買った
⑤消費税が高くなったが、国の借金は減っていない
⑥9時45分になったので、ニュースを見る
⑦タイトルIN「こいつ報ステみてるな」
以上の要素で構成されています。なお、これらの発言はシークエンスではなく、いろいろなことを話している中から、①から⑥の部分だけカットでつないでいる演出となっています。この中の③「ジェンダー平等は時代遅れ」というメッセージが炎上したのですね。
What to say?
おそらくですが、このCMのコンセプトは「報ステの番組内容」を紹介しつつ、「社会のことに高い意識を持つ女性は、報ステを観ている」ということを「視聴者のリアルな実感で表現」することで、「報ステへの関心を喚起しよう」というようなことだと思います。
それぞれの発言は、報ステの番組の構成内容とリンクしています。つまり
リモートワークに慣れて → コロナ禍での社会の変化
産休明けの先輩の赤ちゃん → 育児支援できる社会
ジェンダー平等を掲げる政治家は時代遅れ → ジェンダー平等をスローガンに終わらせない
消費増税でも国の借金は減っていない → 日本の経済問題
すごくいい化粧品を買った → マーケット情報・女性の意識に寄り添う姿勢
9時45分なのでニュースを見る → 報ステの開始時刻の告知
という番組コンセプトを訴求した、ロジカルに説得力のある企画なのだと思います。
そして、締めのコピー「こいつ報ステみてるな」
つまり、報ステを見ると、この女性のように世の中に関心を持つ自分になる。という読後感をもたらしたかったのでしょう。
その目的は達成できているのでしょうか?順番に見ていきましょう。
①リモートワークに慣れたので、ひさびさに会社に行ったら変な感じ → 報ステを観てなくとも思う
②先輩が産休明けに会社に赤ちゃんを連れてきたが可愛かった → 同上
③政治家が「ジェンダー平等」をスローガンに掲げている時点で時代遅れ → 報ステの影響?
④すごくいい化粧品を買った → 報ステとは関係ない
⑤消費税が高くなったが、国の借金は減っていない → 報ステの影響?
つまり、実は5つの話題のうち2つしか報ステの情報の影響下にないということが分かります。そのうちの1つが炎上したとすれば、これはもう全体として「報ステの情報には問題がある」ととられてしまっても仕方ないでしょう。
私は⑤の消費増税と国の借金のくだりも意味が分かりませんでした。「国の借金」とは何を指すのか。「国債」のことであれば「国の借金」と言うのは誤りですし、さらに税金と国の借金を並べて語る認識を疑います。
それにしても、なぜよりによって「ジェンダー平等」などというリスキーな話題を選んだのでしょう。しかも「ジェンダー平等」を課題として語らせるのではなく、「政治家がジェンダー平等を掲げる時点で時代遅れ」というコピーを書いてしまったのでしょう?
そもそも、このコピーの意味するところが分かりません。ジェンダー平等を掲げる政治家は時代遅れである?これには現にジェンダー平等を政策に掲げている政治家の皆さんは抗議すべきでしょう。
この女性は、報ステを観て「ジェンダー平等を掲げる政治家は時代遅れ」という意識を持ったということです。うがってみれば「ジェンダー平等を掲げる政治家」は支持するなと視聴者に呼びかけているようなものでしょう。
How to say?
では、クリエイティブとしてはどうなのでしょうか?この女性は終始カメラ目線のストレートトークです。オンラインで友だちとおしゃべりしているのかと思いますが、客観カットがなく、その設定が明かされないので、WEBで観ている視聴者にとっては、ダイレクトに自分に話しかけられているように感じられるでしょう。
いきなり画面全面に知らない女性が出てきて、自分に対して一方的に話しまくる、という状況は、はたして気持ちいいものなのでしょうか。メジャーなタレントだったならうれしいでしょうが。
情報番組で仕入れた知識を一方的に話し続ける・・・この女性を見て「私もそうなりたい」とは感じにくいのではないですか。ですので、炎上以前に、このCMは成功したとは言い難いでしょう。
生活者のリアルを描くCMの危うさ
「リアル」を描いて視聴者に共感をもたらすことは、かなりの腕とセンスが求められます。ありそうなシーンを描けばリアリティが生まれる、というわけでは決してありません。演出せずにリアリティを出そうとするなら、カメラアングルや被写体そのものの存在感と言葉にリアリティがなければなりません。その意味で、このCMにリアリティは皆無です。一方、徹底的に演出して「リアリティを作り込む」というやり方もあります。その場合はキャスティングも含めて作る方の腕が問われます。力不足だと陳腐なものになるでしょう。
また、決めの「こいつ報ステみてるな」というメッセージも気になるところです。これは素直に受け取るなら、会話している相手の感想でしょう。しかし、この一言はCMで伝えたい広告主からのメッセージとして聞こえてくるはずです。
「こいつ」呼ばわりは、すでに報ステのヘビーユーザー(局から見ればお客様)であろう女性と、これから観てもらいたいターゲットに対して失礼なのではないでしょうか。