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コミュニケーションについて、広告クリエイティブディレクターの話

広告でタレントを起用するということ。

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王道で行くか、新道を拓くか、逆走するか

使い方はクリエイターの個性、企業の文化。

東京オリンピックの開閉会式の演出アイデアとして、渡辺直美さんの起用の仕方が話題になっているようです。このアイデアを提案した演出責任者であるクリエイティブディレクターの過去の会議での発言が流出したとされています。

そのアイデアの是非は置いておいて、ここでは、タレントと広告コミュニケーションという視点でお話ししていきましょう。なぜタレントと広告かというと、このクリエイティブディレクターは、常に新しい広告表現を生み出してきた、広告クリエイティブのレジェンド的な存在だからです。

つまり、広告クリエイターは、表現開発に当たってタレントさんをどう見ているかということが、今回の件に関係あるかもしれないと思うからです。

クリエイターにしてもクライアントにしても、タレントと向き合う姿勢はさまざまです。その向き合い方がクリエイターの個性であり、そのクリエイターを使う企業や組織のポリシーといえます。つまり、タレントの扱い方に、その企業や組織の文化が現れているともいえるでしょう。

 広告にタレントを起用する目的。

私もこれまで、何十人ものタレントを起用した広告を作ってきました。その多くは名を成した方たちですが、中にはタレントにとって広告初出演の作品も多く手がけました。たとえば沖縄出身の小学生4人組だったり、今やMCとしても実力を発揮されているお笑いコンビだったり。

この場合は、企業にしてみれば、そのタレント初の広告という話題性によるプロモーションパワーに対価を払うわけです。

そもそもなんで広告にタレントを起用するのか、その意味について考えてみましょう。広告の目的のほとんどは商品を売ることです。また企業のイメージを向上させること。あまり名が知られていない企業のリクルート対策や、社員のモチベーション向上などにも貢献します。タレントCMを流しているとメジャー感もあります。

また、商品の物性で差別化が図りにくい場合に、タレントの存在感と商品を強制連結させることで差別化を図ります。「男は黙ってサッポロビール」という三船敏郎さんの広告がありましたが、では「男は黙ってキリンビール」では成立しないのか、といえば成立してしまうとも言えます。タレントの存在感そのものを利用する王道的な表現ですね。

大物タレントの起用はこのパターンが多くなります。せっかく大物を使っているのに、存在感やイメージそのものを丸ごと利用しないともったいないと考えるからです。大物タレントほど、そのような表現しかやってくれないという事情もありますが。

あの人が飲んでいるビールなら、あの人が使っているコスメなら、あの人が乗っている車なら・・・というタレントイメージに消費者自身の理想のイメージを重ねて、その商品が売れていくわけです。

新発売の際の話題性や、トライアルしてもらいやすさなどの点でもタレント広告は効果的です。タレント本人にも契約期間中は、なるべくその商品を使ってもらいます。

 広告でも本来のイメージを守りたがる。

大物でなくとも、多くの場合、タレントは本来のイメージを広告でも守ろうとします。それは起用する側にとっても期待するところですので、むしろかまわないのですが、たまに困ることが起きます。

たとえば食品で広告契約した女優さんから、食べるシーンはできないと言われたことがあります。そんなアホなと思いますが、タレントは企業側のアンバサダーであり、商品を推奨するが、消費者役として登場しているわけではないとする考え方です。まあ一理あります。映画やドラマの中で自然にものを食べるのと、15秒で食べるシーンを切り取るのは違うという考え方でしょう。そこは本人や事務所のポリシーです。

 事務所が変わるとタレントも変化。

 アイドル的に売り出していた女優さんを、ある飲料の広告に起用していたことがあります。最初の作品ではカメラマンの「はいスマイル~!」というような声にニコニコと応えていました。次の年、彼女は事務所を移籍しました。

その事務所は彼女を本格的な女優として育てていこうという考え方でした。それは本人の意向だったのでしょう。そして迎えた新作CMの撮影時。以前のような満面の笑みは見せてくれません。「もっとスマイル~!」というカメラマンの声に「なぜこの笑顔ではいけないんですか?」と応じてきました。

「はい、いいね!もう一枚」には「今のでいいなら、それでいいのではないでしょうか」とも。カメラマンはブチ切れるし、クライアントも困惑していました。アイドルが女優へと舵を切ったわけです。

CMの企画調整時から彼女のイメージについて事務所がきわめて明確な方針を持っていて、その時点ですでに商品のイメージとはズレてきているなとは気づいていたのですが、契約期間が続いているのでそのまま制作したわけです。タレントのあり方を大きく変更するなら、その方針をもとに契約をどうするかから検討すべきでした。

起用時には明るく元気なタレントイメージを、商品イメージに重ねていたわけですが、タレントイメージが変わったからといって、商品イメージの方を変えることはできません。その女優さんは多くの映画賞を受賞するほど大成されました。

 広告でタレントイメージを壊すことも。

一方、意外性のある使い方で、広告表現を目立たせて話題にするという起用の仕方もあります。本業とのギャップをコミュニケーションパワーにするわけです。やくざ役が多い俳優にマイホームパパを演じてもらったり、お笑いタレントにシリアスな役をやってもらったり、まさかと思う人に華麗に踊ってもらったり。

これは本人が納得して楽しんでやってくれることが前提です。またそれによって芸域が広がって、本業にも良い効果を生むと期待してもらえる説得が必要です。しかし築いてきたイメージが壊れるリスクもありますので、事務所は慎重に判断します。

 企画過程で、どんな検討がされるか。

タレント起用の考え方がさまざまある中で、実際の企画会議では、どのようにタレント起用のアイデアが検討されるのか。それを主導するのは、表現全体の方向を決めていくクリエイティブディレクターでしょう。

その頭の中には、どうすれば話題になるか、新しい表現にできるか、どうすれば世の中が動くか、どうすればクライアントが採用するか、どうすれば費用対効果を最大化できるか、つまり契約金に見合う以上の効果を出せるか、どうすれば事務所を説得できるか、などなどの想いが巡っているはずです。

その中で、あえてタレントのイメージを壊すアイデアも浮かんでくることもあるでしょう。しかしそのアイデアが、さまざまな「どうすれば」のハードルを越えて実現に向けて動くことは稀でしょう。というか、ほとんどのクリエイターは諦めてしまうでしょう。

しかし、それを突破する力のあるクリエイターが、それを承認するクライアントと出会い、タレントを説得できた時、斬新な表現が生まれます。そしてハードルが高いがゆえに、他が追随することは困難です。

そんなクリエイターの頂点が、今回、話題になった方です。モラル的な是非はありますが(というか、そこは大事なことですが)、いろいろなアイデアを発想したのはむしろ当たり前でしょう。なにせ、家族を描くCMでお父さんを犬にしてしまった方なのですから。

 

筆者については・・・

 

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