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コミュニケーションについて、広告クリエイティブディレクターの話

AIやドローンもワクワクするけれど、「ありもの」の「やりくり」でも世界は豊かにできる。

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「引き算で新ジャンル」

マスター(以下)いらっしゃい。

わたし(以下カプチーノください。

はい。そういえば新メニューを考えたんだけど、これどうかね?

 

へえ、どれどれ。「サンドシナイッチ」ですか。

 

そう。サンドしていないサンドイッチということで「サンドシナイッチ」ね。まあ、オープンサンドに似てるけどね。

 

サンドシナイッチって、もうありますよ。クックパッドとかにレシピも載ってますし、たしか本も出ていたはずです。そして、マスターが考えているオープンサンドとは見た目もちょっと違いますがね。華やかというか。

 

え、もうあるの?画期的だと思ったんだけどな。コロナの影響で「回さない回転寿司」っていうのを見てひらめいたんだけどね。

 

サンドしないサンドイッチでサンドシナイッチって、自己否定というか自己矛盾するというか、不思議な新ジャンルですよね。

広告代理店に入りたての頃ですが、新製品の広告を考える時に「この商品は単なる新発売ではなく、新ジャンルである」という訴求も必ず考えてみろと、先輩からよく言われたことを思い出しました。

 

たとえばビールのスーパードライみたいなことかな?

 

スーパードライは、ビールに「ドライ」という新ジャンルを作ったんですね。この場合のジャンルとは税法上のカテゴリーと言う意味ではありませんが。それまでのビールはキリンの「ラガー」に代表されるように、味わい深さや豊かさを追求したものが主流でした。麦芽やホップの配合とか製法とか。

当時、僕は他のビール会社の仕事をしていました。今までなかった、のど越しやキレで勝負するドライというビールが出てきた。しかもそれが大変な評価を得ている。でも、これはビールの美味しさとしてアリなのか、というような話をクライアントとよく話しましたね。

そのうち、スーパードライはマーケットシェアをどんどん伸ばしていくわけですが、スーパードライは、その味も歓迎されたのですが、「ドライ」という新ジャンル感が商品名そのものだったところもすごかったんですね。CMも、すごい新ジャンル登場感があったわけです。「この味がビールを変えていく」みたいな。

 

「おかげさまで売り上げナンバーワン」とかね。

 

僕はそのコピーは好きではありませんでしたが、それもみんなが買っているという意味で効果は大きかったのでしょう。ですが、スーパードライのように、商品名自体がジャンルの代名詞になったことが最大のパワーだったと思います。

まさに先行者利得というか。そのように、みんながジャンルだと思っているけれど、実はある商品固有のネーミングだったという例はよくあるんですよ。

 

たとえば「味の素」とか?

 

そうですね。うまみ調味料としての商品は他のメーカーも出していますが、「味の素」はその代名詞になっていますね。他にも、たとえば「デジカメ」は実はサンヨーの商標なんです。でも「キャノンのデジカメ」とか普通に言いますもんね。

 

それは知らなかったね。じゃあ「キャノンのデジカメ」は正式には何て呼べばいいわけ?

 

正式には「キャノンのデジタルカメラ」じゃないですか?ちなみに「デジタルカメラ」は一般名詞なので商標登録されていなかったと思います。

あと「郵便局から宅急便が届いていない?」とか言ってる人って、いるんじゃないですか?「宅急便」はヤマト運輸の商標です。佐川急便では飛脚宅配便って言っていますね。

 

じゃあ「魔女の宅急便」はクロネコヤマトが配達しているわけね。

 

他にも「ウォシュレット」はTOTOの商標です。他社はシャワートイレとか言っていますが、皆さん、温水洗浄便座のことは何の迷いも無くウォシュレットと呼んでいますよね。

そして本当は、はごろもフーズ以外のツナ缶も「シーチキン」とは呼べないわけです。商標なわけですから。

 

なるほどね。そういえばこのあいだ、ラップが切れたのでドラッグストアに買いに行って、店員さんに「サランラップはどこですか?」と聞いたら、「すみません、当店はサランラップは置いていないんですよ、他のならあるんですけど」と言われたな。ということは、もしかしてサランラップも?

 

その店員さんは正確ですね。サランラップ」も、商標としてのネーミングがジャンルのようになった例ですね。一般的な名称は「食品用ラップフィルム」と言いますね。

 

商品名がジャンルの代名詞になったケースは分かったけど、あとはどんな時にジャンルは生まれるの?

 

それまであったジャンルの足し算で、新ジャンルが生まれることもあります。例えば「ジャンボ」プラス「ジェット機」で「ジャンボジェット」、「ラジオ」プラス「カセットレコーダー」で「ラジカセ」とか。ラジカセはその後、カセットを2本入れダビングできる「ダブルラジカセ」ができ、CDも聞ける「CDダブルラジカセ」ができて複雑なことになっていきます。

「電子」で調理する「オーブンレンジ」は「電子レンジ」ですが、これは商標登録が認められませんでした。パナソニックが「エレックさん」という電子レンジを発売していて、電子レンジで調理することを「エレックする」と呼ばせようとしたことがあるようですが、これは成功していません。電子レンジという呼び方が先行していたので、ジャンル化は難しかったんでしょう。

 

しかし、あなたの例えはことごとく古いね。足し算のジャンルは、時代と共に色あせる運命なのかね?

 

すみません。で、今度は引き算のジャンルが登場したということですね。例の「サンドシナイッチ」みたいな。

 

はいはい。

 

他にも、握っていないオニギリだから「おにぎらず」、カップに入っていないカップ麺なので「ノンカップ麺」。少額のジャンボ宝くじだから「サマージャンボミニ」とかが、引き算ジャンルの仲間と言えますか。「ジャンボミニ」も、ジャンボ宝くじのミニ版ですが、この場合の「ジャンボ」って、すでに高額という意味性は無いんでしょうかね。

 

そういえば「ご飯の上に牛鍋をかけた牛丼からご飯を引いた」ものが「牛皿とか、巡り巡って込み入った作品もあるね。とにかく、足したり引いたり掛けたり割ったりしてみると、新しいものが生まれるということなのかな。

ドローンとかVRとか、今までまったく無かった新次元の発明もワクワクするけど、こういう、ありものの使い回しのような発明も、遊び心があって世の中を楽しくするね。

 

そうですね。「サンドシナイッチ」と聞いて、「なんだ、ただのオープンサンドじゃないか、くだらん」とスル―するんじゃなくて、「なるほど、なるほど!」と反応する豊かな感性を無くしたくはないですね。

 

それが豊かな感性かどうかは、ちょっと怪しいけどね。やっぱり新メニューに入れようかな「サンドシナイッチ」。

 

少なくとも僕は注文しますよ。「サンドシナイッチ」。

 

筆者については・・・

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