クリエイティブカフェ クリカフェ

コミュニケーションについて、広告クリエイティブディレクターの話

成人病を「生活習慣病」に。言い換えると伝わるもの。ネーミングの価値変換力。

f:id:cr-cafe:20201130162334j:plain

「その言葉に想いはあるか?」

マスター(以下)いらっしゃい。

わたし(以下)紅茶ください。アールグレー。

そろそろ節目健診なんだけど、ここんとこコロナ太りで、血糖値とかガンマなんとかが心配なんだよね。成人病なんじゃなかいかって。

 

成人病は、今は生活習慣病って言うんですよ。日野原重明先生のネーミングですね。

 

そういえば「成人」という言葉はあまり使わなくなったね。今は成人式くらいか。昔は成人映画とかあったけど、今もあるの?

 

今は「R18+」と言いますね、18禁。ただし映画の「R18+」はずばり年齢制限ですけれど、「成人病」という場合は、加齢にともなってかかりやすくなるさまざまな病気のことで、だいたい30代、40代が対象じゃないでしょうか。

 

生活習慣病」って、成人病を言い換えただけなの?

 

基本的にはそういうことなんでしょうが、この2つのネーミングから受け取る印象は全く違いませんか?かたや「大人になったらなる病気」。かたや「生活習慣による病気」。

成人といういわば「ヒト」を、生活習慣という「コト」化したために、まさに生活の中で自分ゴトとして関心が持てる言葉になったんじゃないでしょうか。

 

たしかに「大人の病気」じゃ防ぎようがない感じがするけど、「生活習慣が原因の病気」なら、防ぎ方までイメージできるもんね。悪しき生活習慣を改めればいいのか、と。

 

単なる言い換えではなくて、意義がガラっと変わったんですね。対象も大きく広がった感じがします。「生活習慣が病気の原因になる」というイメージが定着すれば、大人じゃなくたって「生活習慣には気を付けなけりゃ」となるわけだし。

 

ネーミングを変えただけで、より身近になったというか、深刻になったというか。今どきの病気という感じもするよね。病気の本質をズバリと言い当てたネーミングだね。

逆に、本質をあいまいにするネーミングもあると思うけど。フリーターとかニートとか。カタカナにすると何となくカッコよく聞こえて本質が隠れてしまう、と言ってた人がいたような。

 

海外の研究者が名付けた専門用語だったり、日本語にすると微妙な意味が変わってしまうので、訳しきれなくてカタカナのままという場合もあるとは思います。

 

訳せない場合はしょうがないけど、カタカナにしてカッコよく見せるのは、日本人の良くないクセじゃない?あなたも、やれコンセプトだのエビデンスだのベネフィットだの言うけど。

 

「コンセプト」は、ちょっと一言では日本語に言い換えにくいですね。いっとき「わが社のコアコンピタンスは」とかもよく聞きましたが、多くの人は正確には分かっていなくて言っていたんじゃないですか?今やあまり聞かないですけど。

 

この前、たしかあなたが「情緒便益」って言ってたけれど、「エモーショナルベネフィット」よりグッとくるね。なんかありがたい感じがするというか。

 

なるほど。企画書にもあえて「情緒便益」って書いた方が、一周回って新鮮かもしれませんね。でも、やっぱり一言で日本語に置きかえられない言葉ってありますよね。

たとえば身近なところでは、スマートフォンの「スマート」だって、それこそスマートに日本語に言いかえてピッタリくる言葉はないんじゃないですか?

 

スマートって厚さが薄いってことでしょ?違ったっけ?

とにかく、カタカナにすると意味が薄れるということを、あたしは言いたいわけ。「クラスターとかロックダウンとかオーバーシュートとか言ってちゃダメだ」と言ってた大臣がいたけど、一理あるよね。

本当に伝えなきゃいけない、リスクの高い高齢者に分かりにくい言葉を使うこと自体がどうかと思うよ。「ダンス・アンド・ハンマー」だっけ「ハンマー・アンド・ダンス」だっけ。もうあたしらには、ついていけない世界だね。

現についていけない人にとっては、「あなたは、ついてこなくて結構」というメッセージに聞こえるね。コミュニケーションってそういうことでしょ?

 

現にそう受け取る人がいたのだったら、その通りなんでしょう。というか、そういう人がいることまで想像力を働かせて発信するのが、正しいコミュニケーションなんだと思います。

 「ホワイトカラーエグゼンプションと言うと、なんかとってもスマートで先進的な働き方のイメージがするけれど、これって日本語にすると「頭脳労働者脱時間給制度」なんですね。漢字ばかり11文字も並ぶと、かなりハードな制度という感じがします。こっちの方が制度の本質は分かりやすいですね。

 

「ずのうろうどうしゃだつじかんきゅうせいど」か、なんか早口言葉みたいだね。言いにくいから、ホワイトカラーなんとかにしたのかね?ま、それはそれで言いにくいけど。

 

日本語から日本語の言いかえでも、専門用語を分かりやすく開くと、意味が薄れてしまうこともありますよね。

ずいぶん前の仕事ですが、「地層処分」のCMの中で「高レベル放射性廃棄物」のことを「核のごみ」と言ったら、あるテレビ局から「その言い換えは本質を分かりにくくするから認めない」と指摘されたことがあります。

 

さっきニュース番組を見ていたら、普通に「核のごみ」って言ってたけど、テレビ局の規定が変わったのかね?

それにしても、生活習慣病と名付けた日野原先生のセンスはすごいね。時代に合致して本質を言いえて、しかも意味を強化しているという。

健康に関係ある言葉と言えば、このあいだ「フレイルを予防しましょう」って言われたんだけど。「フレイル」って初めて聞いたよ。

 

要支援・要介護になる前の、機能が衰えている状態を「フレイル」と言うんですね。フレイルの予防は、要介護状態にならないための重要な取り組みとして注目されていますね。国や自治体が積極的に進めています。

 

そう聞くと、フレイルも一言では日本語に訳しにくいことは分かるね。でも、学術用語としてはフレイルでいいと思うけど、当事者である高齢者には今一つ分かりにくいね、切実さも伝わってこないんだよな。

なんか楽しげな響きさえあるもんね、お菓子の名前にあっても不思議じゃないような。「ふわふわフレイル、チョコ味新発売」とか。

 

ははは。フレイルに深刻さを感じにくいのは、ネーミング的には濁点がないということが関係ありますね。フレイルとかフリーターとか、なんか軽やかな感じでしょ。一方、ドメスティックバイオレンスには濁点があるので重い感じがします。

 

メタボリック・シンドロームとかもね。

 

フレイルについては、深刻さを感じないという弱点もありますが、何より当事者がピンとこないという点で、これからも流通しにくいでしょうね。日野原先生なら何と名付けたでんでしょうかね?

 

筆者については・・・

f:id:cr-cafe:20201130162709j:plain