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コミュニケーションについて、広告クリエイティブディレクターの話

クリエイティブは企画でハマり、現場でもハマる。でも、そこが面白い。

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「なんとかする楽観主義で」

マスター(以下)コーヒーお替り、どう?

わたし(以下)あ、お願いします。

さっきからパソコンの前でフリーズしているけど、行きづまったかい?

 

企画書の流れはできていたのですが、こうやってパワポでまとめていくにしたがって、うまく流れていかないと思い始めて、ページの前後を変えてみるか、変えるとその前段も書き直さないといけないのでやっかいだな、それだと結論までが遠回りになってしまうな、とか堂々巡りしています。

 

ハマってる状態ね。そうやって迷ったあげく、結局、最初のものに戻ったりしてね。

 

たしかに一晩寝かせると、そういう結論になるってことはよくありますね。

 

ハマっちゃった時は、どうやって抜け出すの?

 

そうですね。担当の営業さんに見せて意見を聞いてみます。彼ら彼女らは、クライアントの感覚に近いので。特に若手の営業さんから、率直に言ってもらって抜け出せることは多いですね。

ハマった状態をベースにいくらがんばって展開しても、客観的に見ると一人よがりで共感を得られない場合が多いですね。周りに意見を聞くことと、独創性があることとは矛盾しません。その意見を丸呑みするわけではないですから。平凡な企画に丸めていくということでもありませんし。

 

自分の殻の中で考えていても、堂々巡りから抜け出せないということね。企画書の段階でハマるというのは分かったけど、そもそも企画そのものが膠着することがあるわけでしょ?コピーが秒数内に収まらないとか、タレントからNGが出ちゃうとか。

 

それはありますよ。というかしょっちゅうです。そういう場合も、なんらかの出口は見つかるものです。どうしても脱出不可能な場合は、どこかで誰かが妥協して出口を開けるしかないわけですが、やはり最後は案件のハブである広告代理店が調整します。費用的な面も含めて。

 

真ん中にハマって、トラブルとかを調整するのも広告代理店の仕事ということね。

 

ざっくり言うとそんなところです。コンサルティングして手離れするなら、そういうトラブルとは無縁でしょうがね。

クリエイティブの実務について言うと、広告制作の現場は生モノなので、汗をかかないと前に進みません。クリエイティブの現場って、そんなにスマートなわけじゃないんですよ。クリエイティブディレクターは、そんな課題の中心にいるので、ストレスは大きいですね。

 

あなたは、そういう困った経験はあるの?

 

けっこうあります。直近のことは差し障りがありますので、ちょっと前の話ですが。たとえば、あるブランドのリニューアル・プロジェクトだったのですが、クライアントの指名で、あるフランス人女優を起用することになりました。

国内のエージェントに伝手が無く、調べていくとどうも彼女の友人がマネージメントしていることが分かりました。やっかいなパターンです。出演交渉が大変でしたが、了解が得られました。

それではということで、シャネルのCMを撮ったフランス人の監督を起用し、ディレクター・オブ・フォトグラフィー、いわゆるカメラマンには「リバー・ランズ・スルー・イット」でアカデミー賞をとったフィリップ・ルースロをつかまえ、ハリウッドロケを敢行しました。

 

なんか、とってもゴージャスな感じだね。あなた、お茶漬け海苔のCMとか作っているだけじゃないのね。

 

今回はリッチなブランドですので。で、女優本人と、ディレクター、プロデューサー、そしてクライアントと僕の想いが、仏語、英語、日本語で交錯して、ややコミュニケーション不調に陥ったことも原因ですが、予期せぬトラブルも重なってコストもふくらみ、その真ん中でハマってしまいました。

たとえば、撮影直前になって、その女優がワーキングビザを持たずにアメリカに入国していたことが発覚。撮影を中止して、すべてのスタッフのスケジュールを仕切り直しました。ちょっとした映画並みのスタッフィングであり、アメリカはユニオンの力が強いので、プロデューサーはさぞや大変だったと思います。

 

なんでビザ持ってなかったの?

 

彼女は、たまたまCM撮影の1週間前に行われていたアカデミー賞の授賞式を観るために、観光ビザでアメリカに入国していたんですね。で、そのまま撮影に臨む気でいたわけです。でも、仕事となればワーキングビザでないと違法です。

 

それは、うっかりしたというか、焦るね。

 

しかし、ビザ取得のためだけにフランスまで往復するのも、時間がかかるし大変だろうということで、最短で合法的にビザを取得するために、ハリウッドセレブご用達の弁護士に相談したりしました。

結局、あれこれ申請書類を発行してもらって、本人をカナダのアメリカ大使館まで連れていってビザを発給してもらいました。

細かいことでもいろいろありまして、たとえば衣装についても、彼女が着たいものと、監督が着せたいものと、クライアントの好みが噛み合わなくて、大フィッティング大会になったり。まあ、そんなことの連続で、コストが膨らむ方向のみで。

 

他人事だと面白いね。

 

アメリカのプロダクションのプロデューサーが、自らも映画監督であり、フランス語、英語、日本語を話す極めて優秀な方だったので、本当に助けてもらいました。カメラを回せたのは彼のおかげです。

撮影現場ではDP、ディレクター・オブ・フォトグラフィーのフィリップ・ルースロの存在感が大きかったですね。スタッフからのリスペクトがハンパないですし、ライティングを決めるのがすごく早くて驚きました。

監督が若手だったこともあって、彼が現場をまとめる柱になっていました。そして、なんといっても営業の責任者が「まあ、なんとかしようぜ!」という極めて楽観主義な方で、なんとかなりましたが。いま思い出しても心が痛いです。

 

作品的には、どうだったの?

 

それはもう、何といってもフィリップ・ルースロの映像美の世界。さらに、オリジナル曲を服部隆之先生にお願いし、ブランドイメージの構築に貢献するCMになりました。

 

よかったね。今のは極端としても、他には?

 

昔の話しですみませんが、僕がCM制作に携わったばかりの頃のことです。亡くなった志村けんさんが、ご自身の歌に合わせて踊るエアコンのCMです。

シリーズだったのですが、1作目、2作目あたりまでは、志村さんのアドリブで踊っていただいていました。振り付けの先生をつけるより、その方が面白いだろうと思いまして。志村さんも快くやっていただいていましたので、我々も何の疑問も無かったんですね。

で、3作目あたりだったでしょうか、「今まではアドリブでやっていたけど、本来、振り付けはちゃんと演出するべきものだろう。それを毎回、何とかしてくださいとお任せにするのはプロ意識が無い」と叱られました。

 

調子に乗っちゃったのかな。でも、志村さんに振り付けするのも恐れ多いと思うけど。

 

それを志村さんは「プロ意識がない」と感じられたんですね。で、「こんなのはどうでしょう?」「こういうのでは?」とか、僕もその場で色々とりなしてみたのですが、どれも鋭い目つきで無言で首をかしげられ、ほんとに怖かったです。ああ、やっちゃったなと。

 

そんな、あなたみたいなセンスの無い人がやったら、火に油でしょ。

 

ですよね。結局その日はまとまらず、日を改めて再撮となってしまいました。で、次はしっかり振り付けの西城先生を呼んで、志村さんもノリノリで踊っていただき、無事撮影できました。

西城先生も「志村さんは、CMのクオリティを考えると、自分がアドリブでやるより振り付けのプロに任せた方がよくなるのに、それを軽視したことが許せなかったんだろう」とおっしゃっていました。

その顛末は、後日、志村さんが持っている雑誌の連載で語られることになり、そこでもやはり、仕事に対するプロの姿勢について厳しいお言葉をちょうだいしました。

 

雑誌に書くとは、よっぽどだったんだね。ドリフターズがそうだけど、志村さんは笑いを真剣に設計して作っていく方だと思うよ。それが分からず、いわば笑いの求道者に対して「現場で適当になんとか」と言うことが失礼だったね。

 

こちらとしては、志村さんの芸をリスペクトする想いでのお願いだったのですが、志村さんから見ればプロとして失格だと。相手をリスペクトするなら、こちらの案をしっかり示してぶつける。それがプロ同士の礼儀だと教わった一件でした。

 

筆者については・・・

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