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コミュニケーションについて、広告クリエイティブディレクターの話

大阪都構想に対する立憲民主党のチラシを、コミュニケーションの視点で考える。

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「伝えたい相手のこと、想ってる?」

マスター(以下)いらっしゃい。

わたし(以下)コーヒーください。

 なんか、立憲民主党が作った大阪都構想についてのチラシが炎上しているけど、知ってた?

 

そうなんですか?知りませんでした。どれどれ今見てみます・・・ああ、これですね。

デザインは、左上に立憲民主党のロゴがあって、メインビジュアルはちょっと太めの女性が床にくつろいでテレビを見ていますね。手にはおせんべいでしょうか。足元に猫が一匹うずくまっていますね。

キャッチコピーは大阪市にいらんことせんとってや、ほんま。」これは、この女性の言葉なんでしょうね。そして、右下に大阪市廃止にNO!」とタグラインが入っていますね。

なるほど。たとえば東京都民がパッと見では、なんで炎上するのかピンとこないんじゃないですか?

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デザインについてはあたしは素人だけど、大阪都構想のようなとんがったテーマについての表現としては、ずいぶんゆるいなというのが第一印象だけどね。「大阪市廃止にNO!」とか強い意志を表明しているわりに、のんびりしているというか。

 

そうですか。まあ、強い意志を伝えるのに強い表現が良いとは限りませんが。大阪都構想の是非とか立憲民主党がどうとかではなく、あくまで、このチラシのクリエイティブについてという視点で話していきましょうか。

制作された方を存じあげないので大変失礼とは思いますが、表現として結実したそれぞれの要素から、クリエイティブの意図を逆算してみましょうか。一定のコンセプトに貫かれているという前提で。また、ネットに上がったものしか見ていませんので細かいトーンは分かりませんが。

ロゴとタグラインは置いといて、まず、寝転がっている女性などのビジュアルですが、手描きのタッチが分かるシンプルなイラストで、おそらくマーカーによる着色でしょうか。髪は茶髪のショートヘアのように見えますね。紫色のニットで、ヒョウ柄のパンツといういでたちです。カウチソファに寝転んで、おせんべいでしょうか、食べながらテレビを見てくつろいでいます。

まあ、全体の印象は「主婦の、のんびりとしたある日の午後」でしょう。テレビにはサイが2匹映っていますが、アニメでしょうか。

 

そのヒョウ柄のパンツ」が炎上したんだね。で、だらしなく寝転んでいるというところも。ネットニュースで紹介されているTwitterなどを見ると、ほとんどが「関西人を馬鹿にしている」という趣旨だね。

他にも「選挙に行かずに寝とけということか」とか「立憲民主党の大阪人に対するイメージがこれか」「女性を揶揄する表現は不愉快」といったところかな。

 

なるほど、そういう反応を引き出したのならそういう表現だったと、ここはクールに言うしかないですね。コミュニケーションとは、そういうものです。そういう意図ではなかったと後でいくら言い訳しても手遅れです。

でも、批判じゃなくて好意的に受け取っている人もいるんじゃないですか?その人たちの好感も知りたいですね。

 

一部のネットニュースでは、制作の意図について、関係者の話として「かわいいデザインということと、庶民的な発想という形で提案して、アーティストの方に作ってもらったもので、セリフも素朴な疑問を出し合って、出てきたものを書いている。大阪のイメージどうこうとは書いていないんですけどね。市民の代表なんて書いてもいないし」と紹介しているけどね。

一生懸命考えて作ったんだと思うよ。

 

それは、これほどの大きなテーマについてですから、しっかり考えて作ったはずです。整理すると、目的は「大阪都構想反対の意識・行動喚起」、コンセプトは「庶民的な発想で」、トーン&マナーは「かわいい」と。したがって、庶民の実感の言葉がコピーとなっているわけですね。

まあ、このとおりに提案されたわけではないでしょうけれど。目的を達成するためのクリエイティブコンセプトは他にも考えられるでしょうが、とりあえずこのまま「庶民的な発想」で行こうと決めたとします。

しかし「庶民的な発想」として伝えるためには、さまざまな選択肢があるはずです。たとえば「なぜ反対しなければいけないのか」といった理由を、「庶民的な発想」で考えさせるという方向です。

一方、「庶民的な発想」をヒョウ柄」と「おばちゃんのつぶやき、ぼやき」という表現で結実したら、今回のような結果になったわけですね。「庶民的」イコール「素朴」「深く考えていない」「適当」「本音」とかの短絡ですね。言ってみれば、制作者側の「庶民とはそういうものである」との想いが前景化しまったわけですね。

 

なるほど。まずは大阪の人たちが「ヒョウ柄着て寝っ転がってせんべい食べながら大阪都構想を考えているのが大阪人のレベルか!」と怒っているわけだけど、普遍化すると「庶民とはこういう存在である」という感覚で作ってしまったということかな。

 

まあ、きびしく言うとそうなるでしょうね。ヒョウ柄の良し悪しについては、僕はよく分かりませんが、これが制作者側が言うように「かわいいデザイン」だったとしても、このポスターの場合、そういう「かわいい」トーン&マナーが、大きな政策を問うようなシビアなテーマにふさわしいのかということも、しっかり検証した方が良かったでしょうね。

 

あたしは、このデザインは「かわいい」と思うけどね。でも、たしかに「かわいい」デザインが正解だったのかどうか。

 

さらに、コミュニケーションターゲットについて考えると、このポスターのターゲットは、プライマリーには大阪の人たちだけでしょう。結果的にSNSなどで全国に拡散されてしまいましたが、元々はポスターやチラシといった地域限定のメディアだったはずです。

そういった、かなりターゲットをセグメントした表現にすることは当たり前なのですが、戦略的には、さらに賛成派層に向けたものか、反対派層に向けたものか、まだ迷っている層に向けたものかで、表現のコンセプトは大きく変わります。

 

これは想像だけど、公式ページでは「わからないなら反対を」という記事にリンクしているらしいので、おそらく主に、まだ迷っている層に向けたものなんじゃない?

 

「わからないなら反対を」とはまた乱暴ですね。もっとも、広告では「迷ったら、まず食べてみて」とかトライアルを促すことはありますが。

 

でも、次はもう買わないと言える食品とかと違って、これは統治制度の選択で決まったら次は無いので、そうは言えないよ。まあ、常識としては「わかった上で反対を」だろう。引っ越さない限りついて回るテーマだからね。

 

メインターゲットが、まだ迷っている層だと仮定すると、迷っている理由にはグラデーションがあるでしょう。

しっかり調べてロジカルにつきつめて、それでもどちらが良いか迷っている人もいる一方、なんとなく気分的に揺れているという人もいると思います。決めかかっているけれど最後は身近な誰かに聞いて決めようと考えている人もいるかもしれません。そんな人たちに「決めてもらう」コミュニケーションでなければ打つ意味がないわけです。

 

で、問題のポスターを見てみると、これがそれらの迷っている人の気持ちに応えているのかどうかということだね。コピーは制作者側の弁だと「素朴な疑問」らしいけど、その内容は「大阪市にいらんことせんとってや、ほんま。」と、感覚的というか感情的だね。

もしかしたら東京人だからそう思うのかもしれないけど。「庶民的」とか「素朴」とは感覚的になることなのかね。庶民は理性的ではないと。

 

自分と家族や地域の未来を真剣に考える、それが庶民感覚であると僕は思いますが、こういう態度のメッセージが、果たして大阪都構想について真剣に迷っている庶民の心をつかんで、決めさせるメッセージになるのかということですね。

「なんとなく大阪都構想に風が吹いている世の中の気分」があって、それで迷っている人の心をつかみたいのであれば、「風になびかず、現実的に自分で判断できるのが大阪人、だから答えはNO」とか、大阪をリスペクトするアプローチもあったはずです。

 

そんな手ぬるいというか、悠長なことを言ってる余裕が無いんじゃない。それで焦って、もう思考停止を勧めているとしか思えないんだけどね、あのチラシ見てると。まさに「わからないなら、反対を」というか「わからないけど反対だ」と言っているようなものだもん。

 

コミュニケーションとは「何を伝えたいか」が大事ですが、「どう伝わるか」への想像力がさらに重要ということの例ですね。

今回は、ヒョウ柄という表現に炎上したように見えますが、その奥にあるメッセージを発信する側の想いに、直観的に反応したんだと思います。「バカにしたつもりはなかったと言われても、バカにされたのは事実」ということです。

 

しかも、政党という公的な存在が発信するメッセージとしては、思慮が浅かったということかな、結果的にだけど。だけど、ヒョウ柄というだけで、これだけ鋭く批判されるというのも怖いね。何かあれば批判したがる世の中だとしても。

 

ですから、コミュニケーションとはそういうものです。今日は、大阪都構想の是非や立憲民主党の政策とかではなく、このポスターの表現を素材に、コミュニケーションとは何だろうと考えましたけれど、また何か話題になった表現があったら語っていきましょう。

 

筆者については・・・

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